ある日、テレビで闘牛を見ました。この作品は、その戦わざるを得ない牛の気持ちを想像し、偶像表現したものです。
人間の事情で駆り出され、強制的に戦わされる牛。もし私がこの牛であったならば、自分は何の為に生まれて、何の為に死んでいくのか、そんな意味さえ見いだせず、じっと現実に耐えている事だろうと想像しました。生きる希望を捨てず、苦しみの中でもじっと前を見据えて生きる、そんな牛の姿を偶像として残したいと強く思いました。タイトルの〜極〜とは、極めるという意味であり、この牛の覚悟を決めた心情を表現したものです。